翌日はラン園に行ってきました。 確か、入場料は$1だったと思います。 |
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さすがに国立だけあって、色々珍しい種類の蘭がありました。 | |
人の名前がついた蘭が結構多くありました。 | |
確かこれは、日本の天皇陛下の名前がついていてエンペラー・アキヒト、という種類だったと思います。 そういえばうちに、プリンセス・マサコという蘭の鉢植えがあったと思います。 |
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この蘭園のすごいところは、蘭が露地植えになっているものが、多いところでしょうか。さすがに常夏の国だけあります。 | |
そして、そのまた次の日は、国境を越えてマレーシアに行くことにしました。ここは、シンガポール駅です。 シンガポール駅ですが、マレー鉄道のもので、改札と同時にここで入国手続きをします。 |
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これが、マレー鉄道の列車です。 車両は韓国製でした。 |
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シンガポール駅を発車すると、しばらくして本当の国境に着きます。 ここで、シンガポールの出国手続きのため下車します。 つまり出国と入国の順番が違うわけです。さらに列車でマレーシアに入国すると、入国印を押されないので証拠品として列車のチケットをマレーシアを出国するまでもっていなければなりません。 なくすと場合によっては密入国者扱いされます。 |
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そして、マラッカに着きました。 ケルーワンという駅から車で約1時間のところです。 |
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ここは、ババハウスといって中華系の移民の家です。中華系の男性とマレー系の女性が結婚するケースが多く、そこから中華料理とマレー料理が融合したニョニャ料理が生まれたといわれ、ここはそのレストランになっていました。 | |
マラッカの町並みです。 けばけばしい建物はなく、しっとりと落ち着いた雰囲気の町でした。 |
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町の洋服屋さんです。 こちらの人は男性も女性も意外と長袖の人が多いです。 |
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これは、お供えものの一種です。こちらでは副葬品として、あの世で使えるようにと紙で作った偽のお金や装飾品、日常生活用品をお供えする習慣があるそうです。 男性が指差しているのは、テレビでその下はノートPCです。 |
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紐でぶら下がっているのは、紙で出来た携帯電話でした。 | |
そして、町のランドマークのキリスト教会までやってきました。 | |
国内外から観光客がたくさん来ていました。 自分以外にも日本人もいました。 |
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ここは、フランシスコ・ザビエルの終焉の地としても有名なところです。 | |
ここから、インドネシアまでは目と鼻の先で船も出ています。 しかし、海賊が多くさらに、インドネシア側の国境が色々とうるさいようなので、ここから出国することはあまりお勧めできません。 |
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セントポールの丘です。ここにはかつて一時期フランシスコ・ザビエルの遺体が安置されていたことがあったそうです。 |
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砲台にのる女の子です。ここは古くから要衝だったようです。 休日のせいもあり、家族連れが多く見られました。 |
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そして、シンガポールに日帰りしてきてボートキーに行きました。 | |
ここはシンガポーリアンのホットスポットで、かなりにぎわっていました。 | |
川岸にいくつもレストランが店を出しています。 ただし値段は日本なみです。 |
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そして、帰国の途につきました。 これは八重山諸島の上空です。 |